アウトプットを頑張る

初めてのプログラミング学習期間中の記録と、日頃読んでいる本をメモのアウトプットをがんばります。

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part12

Part2 幻想を手放す

第14章 暗闇のなかで一歩を踏み出す

『時間を支配するものが、人生を支配する』。タイムマネジメントの第一人者ブライアン・トレーシーの著書

  • この時間を支配しようとする態度が、時間に苦しめられる原因

限られた時間を思い通りにコントロールできず、正確に予測できない僕たちは、この先も未来への不安を抱えつづけるだろう

終わらない準備期間

  • 僕たちはけっして時間を手に入れることができない。なぜなら、僕たち自身が時間だから。

  • つらい現実を受け入れる、そうすれば「ここにいることが出来る」

    人生の本番を生きられる。限られた時間を、本当に大事なことをして過ごせる。今この瞬間に集中できる。

痛みが必然であることを受け入れれば、自由がやってくる。

人生を生きはじめるための5つの質問

  • 重要なのは、「問いを生きる」こと
質問1 生活や仕事のなかで、ちょっとした不快に耐えるのが嫌で楽なほうに逃げている部分はないか?

自分にとって重要なものごとに取り組むときには、不安がつきものだ。

質問2 達成不可能なほど高い基準で自分の生産性やパフォーマンスを判断していないか?

時間を自由自在に出来るはずと幻想をもち、時間の使い方について達成不可能な目標を自分に課してしまいがちだ。
誰も達成できないような基準を自分に課すのは暴力的な行為だ。

質問3 ありのままの自分ではなく、「あるべき自分」に縛られているのは、どんな部分だろうか?

現在の生活を「いつかそうなるべき自分」への途中経過と捉える態度、つまり今が「人生の本番」であるという気まずい真実から目をそらし、準備段階のつもりでいる。

心の安らぎと解放は、承認を得ることからではなく、「たとえ承認を得ても安心など手に入らない」という現実に屈することから得られる。
自分が楽しいと思えることが、最善の時間の使い方かもしれないのだから

質問4 まだ自信がないからと、尻込みしている分野は何か?

人生をリハーサルのように過ごすのは簡単。
今はまだスキルを学び、経験を積む段階だ。もっと上達したら、そのときは主導権を握ろう。そう思っていると、大事な時間はどんどん残り少なくなっていく。

質問5 もしも行動の結果を気にしなくて良かったら、どんなふうに日々を過ごしたいか?

時間をうまく使ったかどうか、つねに毛化の良し悪しで判断される。そのため、短期的に成果の出る活動に時間を使いたいと思うのも無理はない。

もしも「結果を知りようがない」という事実を受け入れたなら、今日できる重要なことは、いったい何だろう。遠い未来の誰かのために、世界を少しでも心地よい場所にするために、自分は何ができるだろう?

「それしかできない」ことをする

1933年12月15日、カール・グスタフユングが文通相手に「正しい生き方とは何か」という問いに答える返事を書いた。
「どう生きるべきかという質問には、答えがありません。人はただ、自分にできるように生きるだけです。唯一の正しい生き方などありません。」
個人の人生とは「みずから切り拓いていく道であり、誰もが通ったことのない道」である。

「次にすべきこと」を実行するのが、いつだって自分にできる唯一のことだからだ

バックミラーのなかで徐々に形づくられていく人生は、たしかに「自分の時間をうまく使った」といえるものになっているはずだ

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part11

Part2 幻想を手放す

第13章 ちっぽけな自分を受け入れる

自分の人生が無意味ではないかと疑うのは、とても不安なことだ。でもそれは、必ずしも悪いことではない。そう考えること自体、内面の変化が起こっている証拠だからだ。

「自分の人生が嫌いだ」と気づいたとき、よりよい人生への第一歩。
一度きりしかない時間を、本当に有意義に過ごすというのは、いったいどういうことなのだろう?

コロナ禍と偉大なる休止

「本当に大事なことだけをする」という考え方には落とし穴がある。
あまりに大きな理想を抱くと、人は動けなくなってしまう。

我々一人ひとりに宇宙レベルで壮大な人生の目的があるのだという言い方がされる。が、ことでちょっと立ち止まろう。
本当の話し、あなたが人生で何をするのかは、そんなに重要なことじゃない。限られた時間をどう使おうと、宇宙はまったく、これぽっちも気にしていないのだ。

ほどほどに意味のある人生

あらゆることを自分の視点から判断してしまう傾向は、人間なら誰にでもある。自分が存在している4000週間は、歴史の中で最も重要なクライマックスのように感じられる。
このような自己中心的な見方は「自己中心性バイアス」と呼ぶもので、進化の観点からも理にかなっている。「宇宙規模で見れば自分はどうでもいい存在だ」ということを日々を実感していたら、生存や生殖のために必死で戦おうというモチベーションが消えてしまうからだ。

  • 自分の存在を過大評価すると「時間をうまく使う」ことのハードルがありえないほど高くなってしまう。
    ミケランジェロモーツァルトアインシュタインスティーブ・ジョブズでさえ、見方によっては宇宙に何の影響も与えていない。
    自分が無価値であることに気づいたとき、ほっと安心するのも当たり前だ。今までずっと達成不可能な基準を自分に課してきたのだから。

宇宙的無意味療法は、この壮大な世界における自分のちっぽけさを直視し、受け入れるための招待状だ。
4000週間というすばらしい贈り物を堪能することは、偉業を成し遂げることを意味しない。むしろその逆だ。
並外れたことをやろうという抽象的で過剰な期待は、きっぱり捨てよう。そんなものにとらわれず、自分に与えられた時間をそのまま味わったほうが良い。
人生をありのままに体験しよう

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part10

Part2 幻想を手放す

第12章 時間をシェアすると豊かになれる

僕たちを悩ませる大きな問題は、人との付き合いだ。
生産性のアドバイスは、たいてい、時間の使い方をすべて自分で決められることが前提。

時間は「ネットワーク財」である。
時間はあったほうがいい。でもいくら時間があってもひとりぼっちでは意味がない。

時間を意味あることに使うためには、共に過ごす人がいながければ、まったく意味がない

デジタルノマドの憂鬱

  • 時間を貯めるだけ貯めようとして、人と共有することを忘れている過ち
  • 時間は人と共有してこと価値が生まれるものなのに。

「自分のスケジュールをコントロールできるように継続的に努力すること」 =幸せになるための最初のステップ。⇒ この考え方を「デジタルノマド」 - デジタルノマドは、どこでも働けるメリットとデメリットもある

スウェーデンのウプサラ大学の研究

休暇のパターンと幸福度の相関を調べる
◎仕事を休むと幸せになる
同時に休暇を取る人数が多いほうが、みんな幸せになる。という注目すべき発見があった。
「フィーカー」という慣習
職場のみんながいっせいに席を離れて、コーヒーと甘いお菓子を楽しむ毎日のイベント

フィーカには、もっと深い精神的な意味がある。その30分ほどのあいだ、会社の上下関係はすっかり消え去る。人々は年齢も役職も関係なく、気のおけない友人のようにいろんな話をする。ヒエラルキー官僚主義も意味を失い、コミュニケーションと社交が最優先になるのだ。ある管理職のスウェーデン人は、フィーカこそ会社で起こっていることを知るのに最良の方法
オリバー・バークマン. 限りある時間の使い方 (Japanese Edition) (p.188). Kindle 版.

個人主義的な自由の弊害

わたし達が「自由な時間」 - 現代社会で称賛される個人主義的な自由がある、自分でスケジュールを決め、やることを選択し、他人の干渉を受けない自由 - 他方、みんなのリズミにあわせることで獲られる深い意味での自由。価値のある共同作業に参加する自由

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part9

Part2 幻想を手放す

第11章 留まることで見えてくるもの

「忍耐」や「我慢」はネガティブな響きがある。
しかし、社会が加速するにつれて事情が変わった。
忍耐が強みになる場面が増えた。
誰もが急いでいる社会では、時間をかけることのできる人が得をする。

ハーバード大学で美術史を教えるジェニファー・ロバーツ ロバーツの最初の講義で、いつも同じ課題
「美術館に行って、絵画か彫刻をひとつ選び、3時間じっと見る」という課題だ。

焦りがちな気持ちを抑えるための忍耐は、けっして受動的アンものではない。むしろ積極的で、力強い態度だといっていい。そして忍耐は、アート鑑賞にとどまらず、あらゆる場面で力を発揮する。

筆者も同じく「ニューオーリンズの綿の商人」を3時間見続けた。
最初、とても退屈をして、時がまったく進んでいないように感じられた。80分(正確ではないが)過ぎたころ、変化が起きた。不快感が消え、それまで気づかなかったディテールをともなって立ち上がる。

現実の速度をコントロールしようという幻想を捨てたとき、現実と自分がようやく一致した。

見ることと待つこと

「わからないという不快感に耐えれば、解決策が見えてくる」ということだ。クリエイティブな仕事や人間関係の悩み、政治や子育てなど、人生のほとんどの場面に当てはまる。

  • 難しい問題に直面したとき、未解決の状態に耐えられず、とにかく最速でなんとかしたいと思う。
    コントロールできないという不快感を逃れるため、本質的な解決策でなくてもいにしない。

忍耐を身につける3つのルール

  1. 「問題がある」状態を楽しむ

  2. 小さな行動を着実に繰り返す

  3. オリジナルは模倣から生まれる

1.「問題がある」状態を楽しむ

「問題」がない状態に到達できるものではないかという幻想を抱いている。
そのため、すぐ解決したくなる。
問題とは、自分が取り組むべき何かだ。取り組むべきことが何もなくなったら、人生はまったく味気ないものになるだろう。

「すべての問題を解決済みにする」という達成不可能な目標を諦めよう。そうすれば、人生とは一つひとつの問題に取り組む、それぞれに必要な時間をかけるプロセスであるという事実に気づくはずだ。

2.小さな行動を着実に繰り返す

心理学者ロバート・ボイスの研究 学者たちの執筆習慣
もっとも生産的で成功している人たちは、1日のうちに執筆に割く時間が「少ない」。
ほんの少しの量を、毎日続けていたのだ。 適切なペースをつかむためのコツは1日に割り当てた時間が終わったら、すぐに手を止めて立ち上がること

3.オリジナルは模倣から生まれる

ユニークな目的地にたどり着けるのは、人真似だと言われてもくじけずにつくりつづけ、粘り強く技術を磨き、経験を積むことのできる人だけだ。初期の試行錯誤の段階で諦めてしまうようでは、けっしてオリジナルの作品はつくれない。

まずは、立ち止まり、その場に留まってみることだ。現実を速めようとするのをやめて、現在地をゆっくりと楽しもう。
〜中略〜
かけがえのない成果を手に入れるには、たっぷりと時間をかけることが必要なのだ。

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part8

Part2 幻想を手放す

第10章 忙しさへの依存を手放す

「現実を思い通りに動かしてやりたい」という傲慢な態度こそが、苦しみを引き起こす。中国では古くから、この洞察が道教思想の中心にあった。

焦って行動すると、数倍の時間がかかる

  • あわてて作業してミスが増え、修正する
  • 運転をあわててすると事故がおき、もっと多くの時間がとられる

なぜ現代人は本が読めないのか

  • 科学的に証明するのはむずかしいが、わたし達は昔よりずっと短期になっている
  • 待つことへの耐性が低下している

なぜどんどん短期になってしまうのか

  • 技術が進歩するたびに、人間の限界を超える地点に近づいている気がする。
    • たとえば、電子レンジが1分で温められるようになると、次は1秒で温まるべきではないかと思うようになる

現実のスピードをどんどん速めたいという欲望は読書体験にも現れている。

  • 本を読もうとすると「没頭できない」「気が散って仕方ない」という、読書という時間のかかる行為に対して、もっと早く終わればいいのにという不満をどこか感じている。

時間をコントロールしたいという傲慢さを読書は許してくれない。無理に急いで読もうとしても、意味がすり抜けていく。

忙しさの依存の悪循環

世界はどんどん加速し、僕たちは超人的なスピードで動くことを期待されている。その速度に追いつけなければ、幸せもお金もけっして手に入らない気がする。自分が置いていかれないかと怖くなり、安心感がもっと欲しくてもっと速く動こうとする。

  • 忙しさ依存はまず誰も助けれくれない。社会全体が、忙しさ依存を推進している。「ずいぶん精力的に働いているね」と周りから言われるだけだ。

  • あきらめて、現実を受け入れる必要がある。

ものごとには必要なだけの時間がかかるものだし、どんなに急いでも不安が減るわけではない。世界のスピードを思い通りに動かすことなど不可能だ。急げば急ぐほど、もっと急がなければという不安が増すだけだ。

時間をコントロールできるという幻想を捨て、ありのままの現実をみつめ、ほっと息をつき、何よりも重要な能力「忍耐」を獲得しはじめる。

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part7

Part2 幻想を手放す

第9章 失われた余暇を取り戻す

  • 「時間を取り戻せ」キャンペーンの発するメッセージが、休日を増やそう、労働時間を短縮しよう。でもその要求を裏付ける理屈は「十分に休息をとったほうが生産的に働ける」

なぜ生産的に働くために休まなきゃならないんだ?

余暇を無駄にしない唯一の方法

  • 時間をできるだけ有効に活用しようとすると、余暇まで生産的に使わなければならなくなる。

「我々は皆、利益のために読書をし、人脈のためにギャンブルをし、自治体の反映のために夜の街で遊び、週末には家を修理するために家にいることを強いられている」

  • 余暇は数十年前より増えているが、裕福になればなるほど、自由な時間にもやるべきことが山ほどある。

  • 古代の人々にとって、仕事とは、それ自体が不名誉なもの

  • 工業化が進み、時給労働が普及すると、変わった。
    • 労働者にとっては仕事も余暇もどちらも目的ではなくなった
    • 1日8時間労働と週休2日間が余暇の道具化を進めることになった。
    • 休日は休むためだけにあるのではない、労働者には、教育や文化的な探求を通して自分自身を向上させるための時間が必要なのだ
  • 現代に生きるわたし達は、休みを「有意義に使う」とか「無駄にする」という考え方に染まっていて、将来に向けて価値を生み出さないと感じている。

一度きりの人生を存分に生きるためには、将来に向けた学びや鍛錬をいったん忘れる時間が必要だ。怠けることは単に許容されるだけでなく、人としての責任だといっていい。

生産性と永遠の救済

わたし達は休息の機会を奪う経済システムの単なる犠牲者ではない。実を言うと僕たち自身だ休息を避けようとする傾向にあるのだ。

  • 病的なまでの生産性依存は世の中に蔓延している。そして社会心理学者はそういう状態を「怠惰嫌悪」と呼ぶ。
    何もしないことが嫌で仕方ないという意味だ。

あなたの日々は完全無欠の未来のための準備期間ではない。

人は強制されなければ休めない

  • 休息は仕事を中断すれば、自動的に得られるものではなく、仕組みが必要。
  • 宗教は休息のルールを定めてきた
  • キリスト教神学者 ウォルター・ブルッゲマンの著書「抵抗としての安息日」のなかで、安息日とは「我々が紙の贈り物を受け取る側にいるという主張を意識し、実践する」ための機会だ。と述べている。「受け取る側」という考えは安心巻を与えてくれる。
  • しかし、「受け取る側」になることは、いつにもまして難しい。休息をとろうとしても、落ち着いた時間を確保するのがむずかしい。
  • デジタルデトックスやデジタル安息日を取り入れる人も増えてきている。ただし、まわりみんなが動いている中で、自分だけ立ち止まるのは簡単なことではない。

個人でできる対策としては、「不快な感じを受け入れる」ということも大事だ。哲学者のジョン・グレイは「現代において怠惰ほど異質なものはない」と言う。何らかのゴールにつながらなければ意味がない時代に、どうして遊びhがありうるだろうか。

何のためでもないことをする

  • 哲学者 キーラン・セティア 「非目標性の活動」その価値は目標達成ではなく、ただその活動をすることにある。
    • 友人と話す
    • 好きな曲を聞く

何らかの達成を目標とするのではく、ただ活動そのものを楽しむこと。僕たちはそんな活動をもっと日々の生活に取り入れたほうがいい。

平凡な趣味の反逆

  • 「非目標性の活動」言い換えれば「趣味」
  • 純粋な種は、生産性や業績を重視する文化に対する挑戦状

【読書メモ】限りある時間の使い方 オリバー・バークマン (著), 高橋璃子 (翻訳) Part6

Part2 幻想を手放す

第8章 人生には「今」しか存在しない

  • 時間をコントロールしようという態度が、もうひとつ別の弊害を生み出す ⇒ 「時間をうまく使おう」という強迫観念
  • 時間の「道具化」とも呼べる問題
  • 時間を手段と捉えているため、人生の本当の価値は、どこか遠い未来に置かれてしまう。
  • 自分が今やっていることー今まさに生きている人生ーを、何かの準備に使わなければ気がすまない
  • 「いつか何かをしたら」というマインドは、まだ大事なことが達成されていないせいで、現在の自分が満たされないのだと考える。問題が解決しさえすれば、人生は思い通りに動きだし、時間に追われることなくゆっくり生きられる

因果のカタストロフィー

子どもの目的は成長することだと思われている。だが、子どもの目的とは本来、まさに子どもでいることなのだ。自然は1日しか生きられないものを蔑ろにはしない。一瞬一瞬に、自然はそのすべてを注ぎ込む。……人生の報酬は、その流れの只中にこそ存在する。後になってからではもう遅い

あらゆる瞬間は最後の瞬間だ

  • 人生は有限であり、必然的に二度とない体験に満ちている。そしてわたし達はたいてい「これが最後」と気づかないまま、その時を過ごしてしまう。だからどんな経験も、それが最後の機会であるかのように大切にするべきだ。と作家のサム・ハリスは言う。
  • 資本主義という何もかもを単なる道具とみなす経済システムの中で生きているため、時間を未来のための道具としてしまうのも当然だ

人生の本当の意味は未来のどこかにあると信じていれば、いつの日かすべての努力が報われて、何も思い悩むことのない幸福な黄金時代が訪れると信じていれば、人生のゴールがどこにもないという気まずい現実に直面しなくてすむ。

人生の「本当の意味」が未来にあると信じることで、今この時を生きることから逃げているわけだ。

楽しみにしていたことが楽しくない理由

  • 今を生きるのは、そう簡単なことではない。
  • 目の前の小さな喜びを味わうことが幸福度アップにつながる

今この瞬間にいようとする努力は、時間を未来のための道具にする態度とは真逆に見える。でも実をいうと両者はほとんど変わらない。
結局どちらも「時間を最大限活用しよう」という考え方のバリエーションにすぎない。

今を生きるための最善のアプローチは今に集中しようと努力することではない。むしろ「自分は今ここにいる」という事実に気づくことだ。

  • 今ここにいるというわざわざ考える必要はない。

今を生きるとは、今ここから逃れられないという事実を、ただ、静かに受け入れることなのかもしれない。